採択事例
印刷会社がEC支援事業に転換した新事業進出補助金の活用事例
公開: 2026年3月15日
更新: 2026年3月15日
読了目安: 3分
印刷会社のEC支援事業への転換|新事業進出補助金の活用事例
ペーパーレス化の加速により、印刷業界は構造的な市場縮小に直面しています。日本印刷産業連合会のデータによると、国内印刷市場は2010年の5.8兆円から2024年には4.2兆円にまで縮小しました。
こうした環境下で、印刷会社が持つ「デザイン力」「色彩管理ノウハウ」「紙媒体の制作力」をEC(電子商取引)支援事業に転用し、新事業進出補助金(旧事業再構築補助金)を活用して業態転換に成功した事例を紹介します。
| 項目 | 内容 |
| 業態転換 | 商業印刷(チラシ・パンフレット等)→ EC構築・運用支援サービス |
| 活用した既存スキル | グラフィックデザイン、DTP、色彩管理、顧客の販促支援ノウハウ |
| 投資総額 | 4,200万円 |
| 補助金額 | 2,100万円(補助率1/2) |
なぜ印刷会社がEC支援を?
印刷会社の強みは「クライアントの販売を支援してきた経験」です。チラシやパンフレットの制作を通じて、クライアントの商品特性、ターゲット顧客、訴求ポイントを深く理解しています。この知見を「紙」から「Web」に載せ替えるだけで、EC支援サービスが成立します。
事例企業の概要|創業40年の印刷会社が直面した転換期
名古屋市の商業印刷会社I社(従業員20名、年商2.4億円)は、創業40年の老舗印刷会社です。地元の中小企業を中心に、チラシ、カタログ、パンフレット、名刺の印刷を手がけてきました。
印刷需要の減少と経営危機
| 年度 | 売上 | 印刷件数 | 平均単価 | 営業利益率 |
| 2020年 | 3.0億円 | 4,200件 | 7.1万円 | 6% |
| 2022年 | 2.6億円 | 3,500件 | 7.4万円 | 3% |
| 2024年 | 2.4億円 | 3,000件 | 8.0万円 | 1% |
印刷件数が4年で29%減少し、高単価案件で補っても売上は20%減。営業利益率は1%にまで低下し、1件の大型案件の失注が赤字に直結する状況でした。
特に深刻だったのは、I社の主要顧客である地元中小企業が、販促チャネルをチラシからSNS広告やWeb広告にシフトしていたことです。「チラシの代わりにInstagram広告を出したい」という相談が増える一方、I社にはデジタル広告の対応力がありませんでした。
EC支援事業への転換アイデア
転換のきっかけは、I社の既存顧客である和菓子メーカーから「ECサイトを作りたいが、商品写真が上手く撮れない」と相談されたことでした。
I社にはカタログ撮影で培った商品撮影のスキル、DTPで鍛えたレイアウト感覚、色校正で磨いた色彩管理のノウハウがありました。これらはすべてECサイトの制作に直結するスキルです。
- 商品撮影 → EC用商品写真の撮影・レタッチ
- DTPデザイン → Webデザイン・バナー制作
- カタログ構成 → ECサイトのUI/UX設計
- 印刷の色管理 → モニターの色管理、商品画像の色再現
- 顧客の販促支援経験 → ECの販売戦略コンサルティング
「デザインの載せ替え」という発想
I社の社長は「紙に載せていたデザインをWebに載せ替えるだけだ」と語ります。実際には新たに習得すべき技術(HTML/CSS、ECプラットフォームの操作、SEO等)はありますが、デザインの基盤力がある分、習得速度は圧倒的に速いのです。
投資計画と補助金の活用内訳
I社は新事業進出補助金で以下の投資を行いました。
| 経費区分 | 内容 | 金額 |
| 建物費 | 撮影スタジオ改修(自然光スタジオ、白背景ブース、ライティング設備) | 1,200万円 |
| 機械装置費 | ECサイト制作用ワークステーション10台、カラーマネジメントモニター | 800万円 |
| 機械装置費 | 動画制作設備(4Kカメラ、編集ソフト、照明) | 500万円 |
| システム構築費 | EC支援プラットフォーム(顧客管理、制作進行管理、効果測定) | 600万円 |
| 研修費 | Webデザイン研修、EC運用研修、SEO研修(全スタッフ対象) | 500万円 |
| 広告宣伝費 | 自社サイト、事例ポートフォリオ、セミナー開催 | 400万円 |
| 外注費 | EC支援のノウハウ導入コンサルティング | 200万円 |
| 投資総額 | 4,200万円 |
| 補助金額(補助率1/2) | 2,100万円 |
人材育成投資が成功の鍵
I社が特徴的なのは、投資総額の12%(500万円)を研修費に充てたことです。既存の印刷スタッフをWebスキルに「リスキリング」するための投資であり、これにより新規採用コストを抑えながら即戦力のEC支援チームを構築しました。新事業進出補助金では研修費が補助対象に含まれるため、人材育成にしっかり投資できます。
EC支援サービスの設計|印刷会社ならではの差別化
I社が設計したEC支援サービスは、大手EC支援会社とは異なる「印刷会社ならでは」の差別化ポイントを持っています。
サービスラインナップと料金体系
| サービス | 内容 | 料金 |
| ECサイト構築 | Shopifyベースのサイト構築、デザイン、商品登録 | 初期80〜200万円 |
| 商品撮影 | スタジオ撮影、白背景/使用シーン、動画撮影 | 1商品5,000〜15,000円 |
| EC運用代行 | 商品更新、バナー制作、メルマガ配信、広告運用 | 月額15〜50万円 |
| パッケージデザイン | 商品パッケージ、配送箱、同梱物のデザイン・印刷 | 1案件20〜80万円 |
| EC戦略コンサル | 売上分析、改善提案、販促カレンダー策定 | 月額10〜30万円 |
印刷会社だからできる3つの差別化
| 差別化要因 | 内容 | 競合との比較 |
| ①商品撮影力 | カタログ撮影で培った商品の魅力を引き出す撮影技術 | IT系EC支援会社は撮影を外注するケースが多い |
| ②パッケージ連携 | EC販売だけでなく、パッケージデザイン・印刷もワンストップ | D2Cブランドには特に価値が高い |
| ③色の再現性 | カラーマネジメントの知識で、実物に忠実な商品画像を提供 | 色のクレーム(実物と違う)を大幅に削減 |
「見た目と違う」クレームを90%削減
EC購入者の不満で最も多いのが「商品の色や質感が画像と違った」というクレームです。I社はカラーマネジメントの専門知識を活かし、モニター表示と実物の色差をΔE2以下に管理。EC支援先のクライアントでは「見た目が違う」クレームが導入前比で90%削減しました。これは印刷会社の色管理技術がデジタルでも通用することの証明です。
スタッフのリスキリング|印刷技術者からEC支援人材へ
I社は既存の印刷スタッフ20名のうち12名をEC支援チームに段階的にシフトさせました。リスキリング計画の全容を紹介します。
| 研修フェーズ | 期間 | 内容 | 対象者数 |
| 基礎研修 | 1ヶ月 | ECの基礎知識、Shopifyの操作、Web用画像制作 | 全20名 |
| 専門研修A(Web制作) | 3ヶ月 | HTML/CSS、Shopifyテーマカスタマイズ、LP制作 | 6名 |
| 専門研修B(撮影・動画) | 2ヶ月 | EC用商品撮影、動画撮影・編集、レタッチ | 4名 |
| 専門研修C(運用・マーケ) | 3ヶ月 | EC運用、SNS運用、Google広告、SEO | 4名 |
| OJT | 6ヶ月 | 実案件でのOJT(最初の5案件は外部コンサル同席) | 12名 |
印刷スタッフのWebスキル習得が速い理由
印刷のDTPオペレーターはAdobe Illustrator、Photoshopを日常的に使っています。これらのスキルはWebデザインにもそのまま転用でき、HTMLやCSSの習得も「レイアウトの概念が身についている」分、非デザイナーよりも圧倒的に速いです。I社では3ヶ月の研修で、全員がShopifyサイトの基本的な構築・修正ができるレベルに達しました。
事業転換後の業績推移と成果
I社のEC支援事業の業績推移を紹介します。
| 指標 | 転換前 | 1年目 | 2年目 | 3年目 |
| 印刷事業売上 | 2.4億円 | 2.0億円 | 1.7億円 | 1.5億円 |
| EC支援事業売上 | 0円 | 4,200万円 | 9,800万円 | 1.6億円 |
| 全社売上 | 2.4億円 | 2.42億円 | 2.68億円 | 3.1億円 |
| 全社営業利益率 | 1% | 8% | 14% | 18% |
| EC支援クライアント数 | 0社 | 18社 | 42社 | 65社 |
| 月額契約(運用代行)数 | 0社 | 8社 | 22社 | 38社 |
3年目にはEC支援事業の売上が印刷事業を上回り、名実ともに「EC支援会社」に転換しました。営業利益率は1%から18%に大幅改善。印刷事業は規模縮小しましたが、既存のリピート顧客への印刷サービスは継続しています。
クロスセル効果: EC+パッケージ印刷
I社の最大の強みが発揮されたのは、EC構築クライアントに対するパッケージデザイン・印刷のクロスセルです。EC支援クライアント65社のうち45社(69%)がパッケージデザイン・印刷も発注しており、印刷事業の売上減少を一部相殺しています。「EC+パッケージ」のワンストップ提供は、D2Cブランドにとって非常に魅力的な提案です。
顧客獲得戦略|既存顧客からの転換と新規開拓
I社の顧客獲得は、既存の印刷顧客からの転換と新規開拓の2軸で進めました。
| チャネル | 施策 | 獲得社数(3年間累計) | 獲得コスト |
| 既存顧客への提案 | 印刷顧客300社へのEC支援サービス案内 | 25社 | ほぼゼロ(営業コストのみ) |
| セミナー開催 | 「中小企業のためのEC入門」月1回開催 | 15社 | 1社あたり約5万円 |
| Webマーケティング | 事例記事SEO、リスティング広告 | 12社 | 1社あたり約8万円 |
| 紹介 | 既存クライアントからの紹介 | 13社 | 紹介料なし |
既存顧客が最大の資産
I社の顧客獲得で最もコスト効率が高かったのは、既存の印刷顧客への提案です。「今までチラシを作っていた会社がECも支援してくれる」という信頼関係のもと、スムーズな受注につながりました。新事業の初期は「既存顧客の課題を新事業で解決する」ことから始めるのが最も確実です。
印刷会社のEC支援転換から学ぶ教訓
I社の事例から得られる、印刷会社がEC支援事業に転換する際の教訓を整理します。
| 教訓 | 内容 |
| 1. 完全転換ではなく段階的シフト | 印刷事業をいきなりゼロにするのではなく、並行して新事業を育てる。印刷顧客が新事業の最初の顧客になる |
| 2. 既存スキルの棚卸しが最優先 | 「印刷のスキルで何ができるか」を徹底的に洗い出す。デザイン、撮影、色管理はすべてEC支援に転用可能 |
| 3. リスキリングへの投資を惜しまない | スタッフの育成は時間がかかるが、外注よりも長期的にはコスト効率が高い。補助金で研修費を賄える |
| 4. 差別化ポイントを明確にする | 「IT企業のEC支援」との違いを明確にする。撮影力、パッケージ連携、色管理が差別化の武器 |
| 5. 月額モデルを早期に構築する | EC構築のスポット案件だけでなく、運用代行の月額契約を積み上げてストック型収益を確保する |
避けるべき失敗: 「何でもやります」の罠
EC支援事業に参入すると、「SEO」「SNS運用」「広告運用」「CRM」など、次々とサービス領域を広げたくなります。しかし、I社が成功した理由は「商品の見せ方」に特化したことです。撮影・デザイン・パッケージという「ビジュアル面」に絞り、広告運用やSEOは外部パートナーと連携することで、品質を維持しながらサービス範囲を拡大しました。