申請実務
新事業進出補助金の賃上げ要件シミュレーション|未達時のペナルティと対策
公開: 2026年3月15日
更新: 2026年3月15日
読了目安: 3分
新事業進出補助金の賃上げ要件とは?基本ルールの全体像
新事業進出補助金の申請要件には、賃上げに関する条件が含まれています。この要件は「補助金を受ける代わりに従業員の待遇を改善する」という政策目的に基づいており、申請時の計画段階と事業完了後の実績確認の両方で評価されます。
賃上げ要件を正しく理解し、無理のない計画を立てることが採択と事後のペナルティ回避の両方に重要です。
| 要件 | 基本要件 | 加点要件(大幅賃上げ) |
| 給与支給総額の増加 | 年率平均2%以上の増加 | 年率平均4%以上で加点 |
| 事業場内最低賃金 | 地域別最低賃金+30円以上 | 地域別最低賃金+50円以上で加点 |
| 計画期間 | 事業計画期間(3〜5年) | 同左 |
賃上げ要件は「必須」
賃上げ要件は任意の加点項目ではなく、申請の必須要件です。この要件を満たさない計画では、申請自体が受理されません。補助率は中小企業1/2、中堅企業1/3で、補助上限は9,000万円、下限は750万円です。
給与支給総額の定義と計算方法
「給与支給総額」は賃上げ要件の中核となる数値です。正確に計算する方法を解説します。
給与支給総額に含まれるもの・含まれないもの
| 含まれるもの | 含まれないもの |
| 基本給 | 退職金 |
| 残業手当・時間外手当 | 法定福利費(社会保険料の事業主負担分) |
| 通勤手当 | 福利厚生費(社宅費、社員旅行費等) |
| 住宅手当・家族手当 | 役員報酬(取締役・監査役) |
| 賞与 | 派遣社員への支払い(派遣料) |
| パート・アルバイトの給与 | 業務委託費 |
役員報酬の取り扱い
役員報酬は給与支給総額に含まれません。したがって、役員報酬を増やしても賃上げ要件の達成には寄与しません。あくまで「従業員」の給与が対象です。ただし、従業員兼務役員の従業員部分の給与は含まれる場合があります。公募要領で最新の定義を確認してください。
給与支給総額の計算例
| 科目 | 基準年 | 備考 |
| 正社員の基本給合計 | 5,400万円 | 30名分 |
| 残業手当合計 | 600万円 | |
| 各種手当合計 | 360万円 | 通勤・住宅・家族手当 |
| 賞与合計 | 900万円 | 夏・冬合計 |
| パート・アルバイト給与合計 | 540万円 | 10名分 |
| 給与支給総額 | 7,800万円 | |
この例では基準年の給与支給総額は7,800万円です。年率2%の増加を達成するには、1年目に7,956万円(+156万円)以上にする必要があります。
賃上げ要件達成のシミュレーション(3パターン)
基準年の給与支給総額7,800万円、従業員40名(正社員30名+パート10名)の企業を例に、賃上げ要件を達成するための3パターンのシミュレーションを行います。
パターン1: ベースアップ中心型(年率2%達成)
既存従業員のベースアップ(基本給の引上げ)で要件を達成するパターンです。
| 年度 | 正社員基本給 | その他 | 給与支給総額 | 増加率 |
| 基準年 | 5,400万円 | 2,400万円 | 7,800万円 | - |
| 1年目 | 5,508万円 | 2,448万円 | 7,956万円 | +2.0% |
| 2年目 | 5,618万円 | 2,497万円 | 8,115万円 | +2.0% |
| 3年目 | 5,730万円 | 2,547万円 | 8,277万円 | +2.0% |
正社員1人あたりのベースアップ額: 5,400万円×2%÷30名 = 年間約3.6万円(月額約3,000円)のベースアップで達成可能です。
パターン2: 新規採用型(年率2%超過達成)
新事業に伴う新規採用で人件費を増加させ、賃上げ要件を達成するパターンです。
| 年度 | 既存社員 | 新規採用分 | 給与支給総額 | 増加率 |
| 基準年 | 7,800万円 | - | 7,800万円 | - |
| 1年目 | 7,956万円 | 400万円(1名採用) | 8,356万円 | +7.1% |
| 2年目 | 8,115万円 | 820万円(2名分) | 8,935万円 | +6.9% |
| 3年目 | 8,277万円 | 1,260万円(3名分) | 9,537万円 | +6.7% |
新規採用のメリット
新規採用は給与支給総額の増加だけでなく、付加価値額の増加(人件費増加分が付加価値額にプラス)にも寄与します。新事業に必要な人材の採用であれば、事業計画書の「実施体制」セクションの充実にもつながり、一石三鳥の効果があります。
パターン3: 賞与増額型(年率4%加点狙い)
大幅賃上げ加点(年率4%以上)を狙う場合、ベースアップに加えて賞与の増額も有効です。
| 年度 | 基本給(+2%) | 賞与(増額分) | 給与支給総額 | 増加率 |
| 基準年 | 5,400万円 | 900万円 | 7,800万円 | - |
| 1年目 | 5,508万円 | 1,050万円(+150万) | 8,118万円 | +4.1% |
| 2年目 | 5,618万円 | 1,200万円(+300万) | 8,458万円 | +4.2% |
| 3年目 | 5,730万円 | 1,370万円(+470万) | 8,830万円 | +4.4% |
賞与増額の注意点
賞与は業績連動とする企業が多いため、売上が計画を下回ると賞与の減額→賃上げ要件未達となるリスクがあります。賞与だけに頼るのではなく、ベースアップとの組み合わせで要件を達成する計画が安全です。
事業場内最低賃金の要件と確認方法
給与支給総額の増加に加えて、事業場内最低賃金の引上げも求められます。
事業場内最低賃金の定義
事業場内最低賃金とは、その事業場(事業所・工場等)で働くすべての従業員のうち、最も低い時給換算の賃金のことです。
| 雇用形態 | 計算方法 |
| 時給制のパート・アルバイト | 時給そのまま |
| 日給制 | 日給 ÷ 1日の所定労働時間 |
| 月給制 | 月給 ÷ 月の所定労働時間 |
例えば、地域別最低賃金が1,000円の地域では、事業場内最低賃金を1,030円以上(基本要件)または1,050円以上(加点要件)に設定する必要があります。
自社の事業場内最低賃金の確認方法
- 全従業員(パート・アルバイト含む)の時給換算賃金を一覧化
- 最も低い時給が「地域別最低賃金+30円」以上かを確認
- 月給制の場合: 月給(基本給+固定手当)÷ 月平均所定労働時間で計算
- 残業手当、賞与、精皆勤手当、通勤手当は計算に含めない
最低賃金の年次改定に注意
地域別最低賃金は毎年10月頃に改定されます。計画策定時の最低賃金が翌年に引き上げられると、「+30円」の要件を満たしていたのに改定後は未達となるケースがあります。今後の最低賃金引上げ動向も考慮して、余裕を持った設定にしてください。
賃上げ要件の未達時のペナルティと対応
事業計画期間中に賃上げ要件を達成できなかった場合、ペナルティが発生する可能性があります。具体的なペナルティの内容と対応方法を解説します。
| 未達の程度 | ペナルティの内容 | 対応方法 |
| 軽微な未達(計画の90%以上達成) | 事業化状況報告で理由説明を求められる | 未達の理由と改善計画を報告 |
| 一時的な未達(経営環境の急変等) | 改善計画の提出を求められる | 天災・パンデミック等の不可抗力の場合は猶予される場合あり |
| 大幅な未達(計画の50%以下) | 補助金の一部返還を求められる可能性 | 事務局に事前相談し、対応策を協議 |
| 意図的な未達(計画の不履行) | 補助金の全額返還を求められる可能性 | 発生させないことが最重要 |
補助金返還のリスク
賃上げ要件の未達による補助金返還は、企業にとって大きな財務リスクです。返還を求められると、すでに投資に使用した補助金を自己資金で返さなければなりません。計画段階で無理のない賃上げ計画を立てることが、最大のリスク対策です。
賃上げ要件の未達リスクを回避する5つの対策
計画段階から未達リスクを織り込み、適切な対策を講じてください。
| No. | 対策 | 具体的な方法 |
| 1 | 保守的な計画を立てる | 年率2%ちょうどではなく2.5〜3%程度の余裕を持った計画にする |
| 2 | ベースアップを基本にする | 業績連動の賞与だけに頼らず、確実なベースアップで底上げ |
| 3 | 段階的な昇給制度を導入 | 毎年の定期昇給制度を就業規則に明記し、計画的に実施 |
| 4 | 新規採用を計画に含める | 新事業に必要な人材採用による人件費増加を活用 |
| 5 | 生産性向上とセットで計画 | 賃上げのコスト増を生産性向上(設備投資・DX)で吸収 |
賃上げと生産性向上の好循環
新事業進出補助金は「設備投資で生産性を向上させ、その成果で賃上げを実現する」という好循環を促す制度です。賃上げのために無理に人件費を増やすのではなく、新事業による売上・利益の増加を原資として賃上げを実現する計画が最も合理的です。
大幅賃上げ加点を狙う場合の戦略
賃上げの基本要件(年率2%以上)を超えて大幅賃上げ(年率4%以上等)を計画すると、審査で加点される場合があります。加点を狙うかどうかの判断基準を解説します。
加点の要件と配点
| 加点項目 | 要件 | 影響 |
| 大幅賃上げ加点(給与総額) | 給与支給総額の年率平均4%以上の増加 | 審査で加点(具体的な配点は非公開) |
| 大幅賃上げ加点(最低賃金) | 事業場内最低賃金を地域別+50円以上に設定 | 審査で加点 |
加点を狙うべきかの判断基準
| 状況 | 推奨 | 理由 |
| 新規採用で人件費が自然に4%以上増える | 加点を狙う | 追加のリスクなく加点が得られる |
| 業績好調で賃上げ余力がある | 加点を狙う | 達成可能性が高い |
| 新事業の収益性が不確実 | 基本要件(2%)にとどめる | 未達リスクを回避 |
| 人件費の増加が経営を圧迫する規模 | 基本要件(2%)にとどめる | 無理な計画は逆効果 |
加点より確実な達成を優先
加点による採択率向上と、未達時のペナルティリスクを天秤にかけてください。加点は「あれば有利」程度であり、計画書の内容(新規性・収益性等)の方が配点への影響は大きいです。無理に加点を狙って未達となるよりも、確実に達成できる計画の方が長期的にはプラスです。
賃上げ実績の報告方法と必要書類
賃上げの実績は、事業化状況報告の一部として毎年報告する必要があります。
| 必要書類 | 内容 | 入手先 |
| 賃金台帳 | 全従業員の給与明細(月別) | 自社の給与計算システム |
| 源泉徴収簿 | 年間の給与支給総額の証明 | 自社の経理部門 |
| 就業規則・給与規程 | 賃上げの制度的根拠 | 自社の規程集 |
| 雇用契約書 | 新規採用者の給与条件 | 自社の人事部門 |
| 最低賃金確認書 | 事業場内最低賃金の証明 | 最低賃金の従業員の時給換算計算書 |
日頃からの記録が重要
賃上げの実績報告は年1回ですが、日頃から給与データを整理しておくことで報告作業が大幅に楽になります。毎月の給与計算時に、給与支給総額の累計と前年同月比を管理するExcelシートを作成しておくことをおすすめします。